癒しの画像|癒される言葉

「いじめは狂犬にかまれたようなものだ」と言った人がいる。正しい反論が通 用するような状況でないことが多いでしょう。だからこそ、「いじめ」という狂ったことをするのだから。しかも、今のいじめは、大人が想像できないほど陰湿で、暴力的になっていると言われる。まともに相手をして、けがをしてもしかたがない。ともかく、どんな状況にあろうと、まず「心では負けない」ことだ。「あきらめない」ことだ。 「絶対に、乗り越えてみせる!」と、まず決めることだ。   そう決めれば、状況によって、いろんなやり方があるはずです。もちろん、状況は千差万別 だから、「こうすれば絶対、解決する」という「マニュアル(手引)」はないとも言える。ただ、どんな場合にも言えることは、「ひとりで悩まないほうがいい」ということです。親にでもいい。信頼できる先生にでもいい。話が通 じそうな友達や先輩にでもいい。だれにでもいいから、「いじめ」の事実を伝えることだ。相手に、陰湿に逆襲されないような工夫はあるはずです。大人に伝えるのは「告げ口」ではない。それは、君たちの「武器」であるし、これから、ほかの子が同じような犠牲者にならないためでもあるんです。「いじめている」側は、それを多くの人に知られることが一番いやなんです。「親に心配かけたくない」という人もいるだろうが、相談してくれたほうが、親は、よっぽど、うれしいんです。「あんまり、大さわぎしないでほしい」と思う人は、きちんと、それを言ったうえで、やはり、知っていてもらったほうがいいと思う。   人に助けを求めることは、恥ずかしいことではない。だれでも、それが必要なときがあるんです。   また相談を受けた人は、ともかく、まず、じっくり話を聞いてあげてほしい。途中で話をさえぎらないで。黙って、とことん聞いてあげることが、まず一番必要なことです。ともかく、いじめを「我慢しなければならない」理由なんかありません。人権侵害には、反撃することが正しいんです。   「いじめる」人間は、最後は堕落し、きらわれ、敗北していく。かわいそうな人間です。なおしてあげな   ければいけない人間です。むしろ、「いじめられた」人間のほうが、最後は勝つ。また、勝たなければならない。そのために、何ができるのか、それを、これから一緒に考えていこう。

D,I